東京高等裁判所 昭和45年(行ケ)98号 判決 1978年3月30日
原告 株式会社ワンダー
被告 大日本印刷株式会社
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一、当事者の求めた裁判
原告訴訟代理人は、「特許庁が昭和四五年七月二七日、同庁昭和四三年審判第五九〇六号事件についてした審決を取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、被告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求めた。
第二、請求原因
一、特許庁における手続の経緯
原告は、昭和三四年九月一〇日に出願した登録第五九一、二一九号実用新案「写真表示具」(以下「本件考案」という。)の権利者であるところ、被告は、本件考案の権利者でない訴外浦和市岸町二の一九二松本泰昌を被請求人として、昭和四三年八月一五日、特許庁に対し本件考案の登録無効の審判を請求し、特許庁は、同庁昭和四三年審判第五九〇六号事件としてこれを受理した。
ところが、その後、被告は右被請求人を原告(改称前の東京都千代田区神田佐久間町一の一九ワンダービユー製作株式会社)に補正したので、原告はかかる補正は違法であり許されるべきではない旨主張したが、特許庁は、これをそのまま審理し、昭和四五年七月二七日に本件考案の登録を無効にする旨の審決をなし、その謄本は同年九月一二日に原告に送達された。
二、本件考案の要旨
透明な当板の表面に連続した平行の凸面レンズ条を多数設け、当板の下面に平行凸面レンズ条と同じピツチの空白条を有する連続の写真印画の数組を、同位相に集約して濃淡を表わす網状に印画した写板を設けて成る写真表示具の構造。
三、審決理由の要点
本件考案の要旨は前項のとおりである。ところで米国特許第一一五〇三七四号明細書(以下「第一引用例」という。)を検討すると、第8図は連続平行凸面レンズ条と同じピツチの空白条を有する二組の印画を同位相に集約して設けた当板の平面図で、この上に連続した平行凸面レンズ条を設置して左上方より見れば第9図のように見え、右上方より見れば第10図のように見える。第9図および第10図の中央はともに黒く塗りつぶされた状態で見えるのに、第8図中央部の黒条相互間には細い空白部が認められることからも、上記刊行物記載の技術内容は、本件考案の必須要件中、「濃淡を現わす網状に印画した」の部分を除いたものと一致する。
また、「濃淡を現わす網状に印画する」ことは、昭和三一年一月三〇日共立出版株式会社発行、鎌田弥寿治著「写真製版術」第四五―四九頁(以下「第二引用例」という。)の例示をまつまでもない周知の印刷技術であり、しかもこの技術を本件考案と類似の装置に適用した際に生ずるモアレ現象について詳細に記述する米国特許第二一五一三〇一号明細書(以下「第三引用例」という。)が存在する以上、右各刊行物記載の技術と同一とはいえないまでも、本件考案が少なくとも右三つの刊行物記載の技術内容から容易に推考できたものであることは明らかである。したがつて本件考案は旧実用新案法第一条の規定に違反して登録されたので、実用新案法施行法第二六条第一項の規定によりなお効力を有する旧実用新案法第一六条第一項第一号の規定により無効となすべきものである。
なお、被請求人は、本件審判請求は前権利者に対しなされたもので、被請求人の変更は請求の要旨を変更するものであるから、補正できない欠缺として却下すべきであると主張し、数件の審決例および判決例を挙げている。
しかしながら、本件審判請求における被請求人の誤記は、右判決例における場合とは異なり、無関係な相手を記したものではなく、権利の移転を看過して過去の権利者を記載したものである。しかも、当審における尋問書により、請求人は被請求人を登録原簿のそれと一致せしめた。そうであるとすると、無効審判の主たる目的は権利自体を無効にすることで、権利者が何人であるかという点は第二義的な意義が存するにすぎないことを考慮しても、また争訟経済の観点から考えても、この補正を認めることは妥当であるから、被請求人主張のような審決例の存在を否定するものではないが、被請求人のこの点に関する主張は採用しない。
四、審決取消事由
(一) 審決は、審判請求人がした被請求人の補正は請求書の要旨を変更するものであるから許されず、したがつて、本件審判請求は権利者でない者を被請求人とした不適法なものとしてこれを却下すべきであつたにもかかわらず、右補正を容認した上で、その無効事由の有無について審判した違法がある。
1 審決は、まず、審判請求人(被告)は審判請求の当初、本件考案の権利を有しなかつた過去の権利者である訴外松本泰昌を被請求人として審判請求したが、審判長の釈明により被請求人を補正し登録原簿記載の権利者に一致する被請求人(原告)としたから違法でないとしている。しかし、被請求人の変更は、当事者の変更であつて、実用新案法第四一条により準用される特許法第一三一条第二項に規定する審判請求書の要旨を変更するものであるから、その補正は許されない。したがつて、右審判請求は実用新案権を有しない者を被請求人とした不適法なものとなるから、同じく準用される特許法第一三五条の規定により却下されるべきである。
2 審決は、被請求人の変更を妥当と認めたことについて誤つた被請求人として全く無関係な相手を記載したものではなく、権利の移転を看過して過去における権利者を記載したとの点を理由にあげている。しかし、当初の審判請求書に権利でない者を被請求人として記載し、後にこれを変更して同人と別個の者を被請求人とした以上、当初の記載が権利の移転を看過して過去における権利者を記載したものであろうと、或いはそのような関係のない者を記載したものであろうと、被請求人の変更を認める理由とならない点では同じである。
3 審決は、無効審判の請求の主たる目的は権利自体を無効とすることにあり、権利者が何人であるかは第二義的意義が存するにすぎないとして、被請求人の変更を正当化する理由の一つとしているが、これも法の趣旨を無視するものである。すなわち、無効審判の結果は権利者にとつて自己の貴重な権利であり重要な財産である実用新案権を失つてしまうかどうかの重大な問題であるばかりでなく、実施権者等の関係者にとつても、また審決の対世的効力からして一般世人特に当業者にとつても影響するところが大きいので、無効審判事件については権利者を当事者たらしめて、請求人の間に十分な攻撃防禦の手段をつくさせ、厳正公平な審判官をして判断せしめる制度を法定したものであることは多言を要しないところであつて、審判の正しい結果と、これを保障するための法定手続、したがつて正当な当事者の関与は、相互に深い関係を有するもので、後者を軽視することは許されない。したがつて当事者の何人であるかは第二義的なものとして、これを理由に当事者の変更を是認することは法の趣旨に反するというべきである。
4 審決は、争訟経済という点をあげている。しかし、このような理由で軽々しく違法な手続を容認すべきでなく、特に本件審判請求の場合、請求人は権利者でない者を誤つて被請求人として審判を請求し、それが違法なものであることは明らかなのであるから、これを取下げて新たに権利者を被請求人として請求すれば足りるのであつて、そのために特許庁或いは関係者に何ら不経済不利益を与えることもなく、ただ請求人が僅かの印紙代を重ねて支出する程度のことであり、これ位の負担は、自らの調査粗漏によりもたらされた結果として己むを得ないものというべきである。したがつて、あえて異常な補正手続により、被請求人の変更をする必要はなく、またこれを是認すべき合理的理由もない。
(二) 審決は、第一引用例の技術内容の認定を誤り、ひいて本件考案の進歩性を否定した違法がある。
1 第一引用例のものは、画素間に空白条を有するものではなく、また二組の印画を同位相に集約したものではない。同引用例の第8図は、紡錘形の眼の輪廓の中に中央に行くに従い太くした十数条の黒い縦条を設けた印画の平面図で、これを右側または左側から見ると黒い縦条が黒く塗りつぶされた瞳となり、第9図または第10図のように見えることを表わしたものであり、符合6・61・62で示される部分は、一つの眼の輪廓と瞳が存在し、一組の印画しか印画されておらず、しかも6・61・62の間には空白条は存在しない。したがつて、審決が、同第8図についてこれを連続平行凸面レンズ条と同じピツチの空白条を有する二組の印画を同位相に集約して設けた当板の平面図であると認定したのは誤りである。
2 審決はまた、本件考案の必須要件である凸面レンズ条と同ピツチの空白条の奏する作用効果を無視している。すなわち、本件考案は、視線の方向を変えて異なつた画像を選択的に見得るように構成された写真表示具において、一つの画像の中に他の画像が重複して見えると、この重複部分が細い幅であつたとしても視感を著しく劣化せしめることに着目し、かかる画像の視感の劣化をいかに防止するかについて研究した結果、特に肉眼と表示具との視間間隔に多少の変動があつたり、或いは観測者の瞳間隔に多少の差異があつても当板1の平行凸面レンズ等と同じピツチの空白条5を設けることによつて画像の重複を避けることに成功したものであるが、審決は右の効果を全く無視している。
3 そうすると、第二引用例は単なる網点印刷技術を示しているものにすぎないし、また第三引用例も連続の写真印画の数組を同位相に集約して濃淡を現わす網状に印画した写板を有するかどうか不明であり、平行凸面レンズ条と同じピツチの空白条を有する点についても全く示されていないのであるから、第一引用例ないし第三引用例に基づいて本件考案が当業者のきわめて容易になし得るものと判断したのは違法である。
なお、本件考案の空白条についての被告の主張に対し次のように反論する。
本件考案の空白状の解釈は、もつぱらその明細書と図面により判断すべきものであつて、出願過程における異議申立事件の答弁書の如きはその判断の補助たるにすぎず、これを優先させて明細書・図面に明記する技術内容を曲げて解釈してはならない。本件明細書では「空白条5を有する写板3」と明記し、かつ、図面第2図には符合3で示す写板に符合で示す横に細長い空白条5を明記しているのであつて、このように本件考案における空白条5は写板3に備えられており、この空白条5は斜めの実線と点線で表示する二組の画像4の間に備えられており、被告主張のように「空白条5は写板3に備えられているものでなく、各組の印画の各々について他の組の印画を集約するための無印画部分を指称している」とは解することはできない。すなわち、本件考案における空白条は、写板における各画素間に必らず存在するものであつて、二組の印画の間にあつて他のイメージを表わす画素つまり印画ではなく、その実施例に示すように人物なる印画がこれと隣接する静物の印画と混合しないように着実に表わすために存在するものである。
第三、被告の答弁
一、請求の原因第一項ないし第三項の事実は認める。
二、同第四項の取消事由は争う。審決は正当であつて原告主張のような違法はない。
(一) 審決取消事由(一)について
1 実用新案登録無効の審判の規定の趣旨は、違法に許与された実用新案権の対世的影響が極めて重大であることにかんがみ、審判によりその登録を無効にし、実用新案権を遡及的に消滅せしめることにあるが、実用新案登録の無効は文字通り行政処分としての「登録」の無効であつて、無体財産権としての実用新案権の無効ではない。そして、その無効原因は、実用新案権者が何人であれ、また実用新案権が何時、何人に移転しようと、そのことによつて消滅しない。
一方、無効審判の請求の時期に関しては法は何らの制限をしておらず、むしろ実用新案権の消滅後においても、それを請求し得ると規定(実用新案法第三七条第二項)しているのであつて、この場合、実用新案権者は現実には存在しないから、登録原簿における消滅時の実用新案権者を被請求人として記載しても、無効審判請求の時点でとらえれば、所詮、過去の実用新案権者にすぎないのである。また、対立当事者の構造をとる無効審判においては現権利者を被請求人とすることが最も好都合であるが、審判の成否については現権利者のみなずら、考案者、出願人、過去の権利者といえども責任を有する。すなわち、無効審判の請求は行政処分としての登録の無効を請求するものであり、また権利移転の経緯によつて登録実用新案の内容に何らの変化を生ずるものではないのであるから、過去の権利者であるというのは審判請求の時点の問題にすぎない。
したがつて、無効審判請求書における過去の権利者の記載を登録原簿記載の権利者に補正したことをもつて特許法第一三一条第二項にいう「要旨を変更するもの」と解することはできない。
2 本件考案は、被告が審判請求に際し、被請求人として記載した訴外松本泰昌を考案者および出願人として出願され、昭和四一年一月一六日右訴外松本泰昌を実用新案権者として登録されていたものである。そして、被告が無効審判請求の前提として登録原簿を閲覧した昭和四三年一月にはまだ同人が実用新案権者であつたので、被告は、同年八月一五日同人を被請求人として審判を請求したのであるが、同年九月一六日付尋問書で被請求人の相違について釈明を求められたので、再度登録原簿を閲覧したところ、審判請求の六か月前の同年二月一二日原告への権利移転が登録されていたことを確認したのである。
因みに、無効審判請求時における真の権利者が何人であるかは、特許庁の権利移転申請書受理から原簿登記処理まで可成りの日時を要するのが実情であるので、登録原簿の閲覧によつて必らずしも確認し得るとは限らない。このために権利移転申請後であつて、その原簿登記処理前に前権利者を被請求人とした無効審判請求の事例もある。
3 以上のような事情であるから被告が審判請求に際し権利の移転を看過した点に過失があるにしても、全く無縁の第三者を被請求人として記載したのではなく、過去の権利者を記載したにすぎないから、特許庁が被告に釈明を求めて被請求人の表示を補正させ登録原簿のそれと一致させたうえ、審判したのは正当であつて、審決には原告主張のような違法はない。
(二) 審決取消事由(二)について
1 本件考案における空白条の解釈について
原告は、本件考案の登録異議申立てに対する答弁書で「第一の印画の空白条に第二、或いは第三等の数組の印画を二重或いは三重に集めつづめて本件考案の目的たる濃淡遠近を現わす写真示具としたことがこの構成の要点であつて」と述べているから、本件考案における空白条5は写板3に備えられているものではなく、各組の印画の各々について他の組の印画を集約するための無印画部分を指称していると解すべきものである。したがつて、所要の組数の印画が集約された状態での写板においては右の空白条は他の印画に埋められて残存しない。それ故、異種の画像間に空白部が存在することを前提とする原告の主張はすでにこの点において失当である。
2 仮りに右主張が容れられないとしても、第一引用例の技術内容についての審決の認定に誤りはない。すなわち、
(1) 第一引用例の第8図には、ビジヨンフイールド6・61・62等を有するグランドが示され、これらの上に配置されている眼を表現する構成部分8・81・82等はある視点からは見えるけれども、別異の視点からは見えないようになつている。したがつて観察者が絵画の左側に立つているときに見える構成部分8・81・82等と右側に立つているときに見える構成部分8・81・82等とは別異のもので二組以上の画が配設されている。もつとも眼の輪廓については一組しか画かれていないが、その結果第9図および第10図のように眼の輪廓はラインの破れを伴う。およそ、この種の変換画像にあつては、予め所望の画像数組を用意し観取する位置によつてそのうちの特定の画像が観取され観取する位置を変えることによつて順次他の画像が観取されるように設定されるのであつて、ただ一組の画像が観取する位置によつて所望の画像に変化して観取されるわけではない。また、同図の瞳を顕現する構成部分の中央部の黒条相互間には細い空白条が存在することは明らかであるから、第一引用例のものは複数組の印画を集約して成るものである。審決の同引用例に関する技術内容の認定に誤りはない。
なお、第一引用例のものに空白条の存在する理由をさらに詳述すると、次のとおりである。
第8図ないし第10図の写真表示具は二三条のレンズから構成されており、第9図では左から数えて第一三番目までのレンズ条に黒い瞳が観取され、第10図においては左から数えて第一一番目ないし第一三番目のレンズに黒い瞳が観取されるが、このことは左から数えて第一一番目ないし第一三番目のレンズ条には観取される方向を問わず常に黒い瞳が観取されることを意味する。したがつて、この黒い瞳を表わすべき中央の部位には白眼が介在することはあり得ないにかかわらず、第8図の写板において左から数えて第一一番目ないし第一三番目のフイールドには黒い瞳の印画(笹葉状の黒条)の両側部に空白部が存在し、これが観取し得る画像とは無関係のものであつて、いわゆる白眼でないことは明らかである。そして、この空白部は空白条に各組の印画を集約した結果なお残存するところのいわば余白であつて印画の集約前に空白条が存在していたことを示す証しでもある。
(2) 本件考案の空白条の作用効果については、明細書全文を通じても原告主張のような作用効果についての記述はもちろんのこと、それを推認し得るに足る具体的構成について記載はないのであるからその作用効果を認めることはできない。
(3) そうすると、第二引用例は「濃淡を現わす網状に印画した」構成要件が周知であることの引用であり、第三引用例は右の周知技術を本件考案と類似の装置に適用した公知例として引用されたものであるから、審決が、本件考案を第一引用例ないし第三引用例の技術内容から容易に推考できるものと判断したことに誤りはない。
第四、証拠<省略>
理由
一、請求原因第一項から第三項までの事実は、当事者間に争いがない。
二、そこで、審決取消事由の有無について判断する。
(一) 取消事由(一)について
成立に争いのない甲第二号証、第四号証、第五号証によれば、本件実用新案権は、昭和四二年一一月一三日に松本泰昌より原告(改称前のワンダービユー製作株式会社)に譲渡せられ、昭和四三年二月一二日その旨の登録がなされたこと、被告は昭和四三年八月一五日、松本泰昌を被請求人として、本件実用新案権について登録無効の審判を請求(本件審判請求)し、昭和四三年九月一八日付補正命令に基づいて被請求人を原告(改称前のワンダービユー製作株式会社)とする旨の手続補正書を昭和四三年一〇月二日特許庁に提出したこと、原告は昭和四四年一〇月二〇日付をもつて答弁書を特許庁に提出したことを、それぞれ認めることができる。
以上の手続の経過に徴すると、本件審判請求は、審判請求時における権利者を被請求人として表示すべきであつたにもかかわらず、誤つて前権利者を被請求人として審判を請求したものであつて、実用新案法四一条により準用する特許法一三一条第一項一号の要件を具備しない違法のものであるといわざるを得ない。しかしながら、登録無効審判の制度は、違法に許与された特許権、実用新案権の対世的影響が重大であることにかんがみ、審判によりその登録を無効にし、特許権等を遡及的に消滅せしめるものであるから、この制度の性格に照し、同条項の趣旨は、このような処分の効力を争う審判手続においては、本来、被請求人たるべき者は当該処分(登録)をした行政庁であるが、審判の結果につき直接に利害関係を有する権利者がいるのにこれを無視するのは相当でないので、その者を当事者として手続を追行せしめようとするにあると解するを相当とする。そうだとすると、無効審判手続における被請求人は、いわゆる手続上の当事者にすぎないものということができる。したがつて、被請求人の表示を誤つた場合にこれを補正することは、同条第二項の請求書の要旨の変更に当らず、また、この補正によつて前記違法は治癒されたものと解するのが相当である。この点についての原告の主張は失当である。
(二) 取消事由(二)について
1 本件考案における「空白条」の解釈について、原告は「異種の画素間に存在する空白部である。」と主張し、被告は「二組の印画の各々について他の組の印画を集約収容するための空白部である。」と主張するので、まず、この点を検討する。
成立に争いのない甲第三号証の一、二によれば、本件考案の明細書中に「第2図は同上(この実用新案における当板の一部を切開した表面図―(第1図)―の一部拡大したものである、「スクリーンによる空白条5(第二図)を有する印画写板3」「空白条5に当板1の凸面レンズ条2の軸が平行になるよう写板上に当板を定着させる」「例えば印画4はレンズ条2の軸より反対側の斜下方に拡大された正立の虚像4′をみることができ、同様に他の隣接した平行凸面レンズにもこれと連続する印画の拡大された虚像が見え、これら拡大された印画の虚像10空白条5をうづめて連続する」との記載があることが認められ、この記載によれば、本件考案における「空白条」は完成された写板3の表面に存在するものであることは否定できないところであつて、これが被告主張のように、「二種の印画の各々について他の組の印画を集約収容するための無印画部を指し、完成された写板3には存在しないものである」とはいうことができない。
もつとも成立に争いのない乙第一号証によれば、本件考案についての異議申立に対する原告の答弁書中に、右空白条は各印画においてその画素と画素との間に他のイメージの画素を配置するための空白部分である旨の記載のあることが認められるが、「空白条」がこのような目的のものであつたとしても、他のイメージの画素を配置した結果、その空白部が全くなくなつてしまうとは限らず、その一部は依然として空白条として残存することもあり得るから、その「空白条」を設けた目的が何であるかはともかくとして、上記答弁書中の記載は「空白条」を原告主張のように解するにつき妨げとなるものではない。
そうすると、本件考案における「空白条」は、「二組の印画における各画素相互間の間隔ごとに、すなわち交互に配置された異種の画素間の間隔ごとに存在する空白部を意味するものであつて、本件考案の第2図における、斜めの実線で表わされている画素4と、斜めの点線で表わされている他の画素4との間に存在する横に細長い空白部分を指すものと解すべきである。この点についての被告の主張は採用できない。
2 そこで、成立に争いのない甲第八号証によつて、第一引用例の技術内容を検討する。
(1) 同引用例の第9図では、左から数えて第一一番目から第一三番目のレンズ条を通して黒眼が見え、また、第10図では、同じく第一一番目から第一三番目のレンズ条を通して黒眼が見える、つまり、これらの第一一番ないし第一三番目の黒眼部分について左側から見ようと右側から見ようと常に黒眼として見えるものであるから、写板を示す第8図において前記の各レンズ条に対応する左から数えて第一一番目から第一三番目のビジヨンフイールド(本件考案の写板に相当することは弁論の全趣旨により当事者間に争いがない。)は、その中央部分が連続して黒く塗りつぶしてあつてもよいにもかかわらず、その縦の黒線部分の両側に白い部分のあることが認められるので、各画素間に空白条が存在するということができる。
(2) 同引用例のものの画像の組数について考えてみると、可変画像の原理を示す第1図ないし第4図についての、左側から見た場合と右側から見た場合との画像の変化に関する説明において、「左側(視点A)から見た場合にはビジヨンフイールドの中心線より右側部分にある絵画しか見えず、右側(視点B)から見た場合には、さきに左側から見えた絵画は見えず、左側からは見えなかつた絵画(ビジヨンフイールドの中心線より左側の部分にある絵画)が見えるようになる。」旨の記載があるところからすると、第8図に示されている写板上には少なくとも二種類の印画が施されており(各レンズ条の中心線を境としてその左右に二種の印画の各画素が施されている。)、それ故にこれを左側から見た第9図においては黒眼が左側に偏寄つて見え、右側から見た第10図においては黒眼が右側に偏寄つて見えるのであつて、写板上に施された絵画が単一の眼を対象としているとはいえ、これを見る方向を変えることによりその黒眼が異なつた状態に変化するのであるから、画像は二組のものが印画されていると解することができる。
(3) 同引用例の第12図・第13図を見てもその絵画は少なくとも二種類あることは明白であるから、写板には二組の印画が施されているということができる。
(4) 同引用例の第8図・第9図・第10図における画像の変化する状態の説明および第1図ないし第4図における画像の変化する理由の説明によれば、一個のビジヨンフイールド(一条のレンズによつて見える写板上の範囲)には二種の画素がその中心線を境として左右に配置されているものと認められるから、当然これらの画素は集約されて収められているものと解せられ、また、これらの画素が集合されて一つの統一され連続した画像として見えるものであるから、その画素は連続して写板上に印画されているものと解することができる。
(5) 以上検討の結果によれば、第一引用例には「写板上に連続の写真印画の複数組を同位相に集約して印画したもの」が記載されているということができる。この点についての原告の主張は採用できない。
3 さらに、本件考案の「空白条」の作用効果について検討する。
原告は、本件考案における空白条は一つの画像に対し、他の画像が重複して観測者を混乱せしめて画像の視感を劣化させることを防止する作用効果がある旨主張するが、前掲甲第三号証の一、二によれば本件考案の明細書にはこのような作用効果は何ら記載されていない。
すなわち、この空白条に関する説明としては「空白条5は当板の平行凸面レンズ条2と同一ピツチに設けてある」、「空白条5と凸面レンズ条2の軸とは平行になつている」、「斜め方向からレンズ条2を通して写板を見ると、一種の画像の各画素が拡大された虚像として見え、これが空白条5をうづめて連続した画像を表現する」旨の記載があるのみであつて、原告主張のような効果は、何も記載されておらず、また明細書の記載全体から当然予想される効果ということもできない。
ところで、明細書の記載からは予測できないような作用効果を実用新案登録後に主張することは許されないことはいうまでもない。したがつて、審決がこの空白条の奏する作用効果について具体的に言及しなかつたからといつて違法があるということはできない。この点についての原告の主張も採用できない。
4 そうすると、第一引用例の技術内容は、上記認定のとおりであるから、これと本件考案とを対比すると、「透明な当板の表面に連続した平行の凸面レンズ条を多数設け当板の下面に平行断面レンズ条と同じピツチの空白条を有する連続の写真印画の複数組を同位相に集約して印画した写板を設けて成る写真表示具」である点で両者は一致しており、成立に争いのない甲第九号証によれば、第二引用例には「濃淡のある写真画のようなものを印刷するのに網目凸板を用いて行う技術」が示され、また、成立に争いのない甲第一〇号証によれば第三引用例には「可変絵画表示具において網状印刷技術を用いてその写板上に印画を施す技術」が示されていることが認められるので、第一引用例のものにおいてその濃淡を現わす印画を作製するために第二引用例に示されている技術手段を施すようなことは当業者が第二引用例第三引用例の記載に基づき容易に推考できるものというべきである。
三、以上の次第で、原告の本訴請求は失当であるから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、行政事件訴訟法第七条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 杉本良吉 宇野栄一郎 舟本信光)